合宿所にいる。合宿所であるが、職場のようでもあり、大学院の研究棟のようでもあり、母実家の昔の二階のようである。私は京都に帰っていて、実家の用のことで父と何か相談していたのだが、何かの研究のためにその後合宿所に滞在することになったようだ。いつ大阪に帰ろうと思う。連絡をしなければと思う。
合宿所の共用スペースは、昔の学生の下宿の共用スペースのようになっており、昔に母の実家にあったような古ぼけた木製のテーブルに、プラスチックの白鳥の置物やちゃちなラメの入ったケースなど、可愛くレトロなものがたくさん置かれている。壁に面した古い箪笥の上には、そこに住んでいた学生が置いていったらしい昔の哲学書がピンクのビニール紐で縛られて積まれている。
共用スペースから分岐する形で、各小部屋がある。小部屋の入口にはビニールカーテンが吊るされ、その向こうが各合宿生の部屋になっているようだ。そこに、昔の先輩が戻ってくると聞く。先輩はある研究をしていたが、事情でリタイヤして田舎へ帰った人だった。私は久しぶりに先輩に会えることを嬉しく思う。先輩がやってきて話す。箪笥のところで、自分たちが過去に書いた文章を読み返す。先輩の文章を読むのはいいが、自分の過去の文章は読み返したくない。しかし先輩が、「ここはこの前提から出発してみてはどう」というようなアドバイスをくれて、もう一度書き始めてみようかという気になる。箪笥の向こうの廊下を折れたところは、嫁いでいった叔母の部屋である。
散らかっていた合宿所を見事に整理する若い女の子がやってきて(知り合いのようでもあり架空の人物のようでもある)、皆感心する。皆の部屋がきれいに片付いていくのを、ひとつずつ見る。独身の叔父は、共用スペースを抜けた奥の部屋をもらっているが、覗くと、必要最小限の家具と床に置かれた楽器(ベース?)の他は何もなくきれいに片付けられている。独居男性の部屋らしからぬ清潔さで、私は「ええやん! いい部屋やん!」と言いながら叔父の背中を叩く。
奥の部屋へ来ると、そこはスーパーマーケットの前のスペースになっており、移動販売のトラックが来ている。女性スタッフがトラックのドアを解放すると、棚があり、回収したらしき中古品が売られている。骨董のようなものの他に、大型本がたくさん売られている。鶯色の函に箔押しで題字が書かれた豪華本があり、世界の名作とそれにまつわる資料を収めた本らしい。その豪華本の中から「月と六ペンス」と書かれたものを、従妹がいち早く抜き取って抱きかかえ、「これ買う!」と言う。そんなにモームが好きなんて知らなかった、と思う。豪華本は正方形に近い形で一辺が身長の半分くらいあり、分厚く重そうだ。私も「ほしいけどなあ、買ったら部屋が終わるなあ」と言う。私は、戦前からの新聞漫画を集めたような古い本を買い、箪笥のところでそれをめくる。スクラップブックのような作りである。
合宿所を出て、ガソリンスタンドの横にあるオープンカフェへ戻る。(カフェにいたのが一時席を立って合宿所にいたという設定になっている)
私の席は、屋外の広場の丸いテーブルで、そこに荷物などを置きっぱなしにしていたのだ。まずいかなと思いつつ、長く席を開けてしまった。
ガソリンスタンドの前を通り席へ向かう細い通路に面して、古そうな旅行代理店があり、深緑の庇テントに店名が書かれてある。その店のノボリが立っているので通路は通りにくい。店のおばさんがプランターの世話をしている横をすり抜ける。プランターにはキッチュな動物のオブジェなどが置かれている。おばさんは、私の方を気にして、何か言いたげである。
自分の席に戻る。ピンクのバッグとその他のこまごました荷物は、とりあえず席の椅子に置かれたままでほっとするが、中から貴重品を盗まれているかもしれない。右側の席に、オタク的なファッションの上から何かの販促の法被のようなものを来た奇妙な風体の若い男性が座っており、不審な様子であり、気になる。左側にも同じ年頃の男性が座っている。左側の男性が何か言いに来る。その時点で私は、だいたい何があったか察する。
男性は、「あなたがいない間にあの男が、あなたの鞄の中に勝手に何かを入れていました」と教えてくれる。私は「(やっぱりそうだった)」と思う。鞄を持ってガソリンスタンドのほうへいったん逃げようとすると、法被の男が追いかけてきて、おばさんの前で揉みあいになる。私は誰かに助けを求めるが誰も来ず、「(誰も助けてくれない)」と思う。目の前の席ではサラリーマン風の男が茶を飲んでいるのに。スマホで緊急連絡の機能で警察に電話しようと思うが、緊急連絡の機能の使い方を忘れ、何か赤い表示が出てきた後どうしていいか分からない。左側の席にいた男性が横に立って「緊急連絡の機能は覚えておいたほうがいいですよ」と冷静にアドバイスする。そうしているうちに、揉みあっていた法被の男にスマホを奪われる。警察に電話できなくなるし、他にも色々困るので、「あーー!!」と叫んで取り返そうとする。
時は流れ、合宿所にいるところへ、どこか(警察か左側の男性)から連絡が来て、事件が解決したことを知らされる。
私は左側の男性と店の前で落ち合い、和解のために、法被の男のところへ会いにいくことになる。法被の男にも何か事情があったのだろうと私たちは話す。私は何度も、「旅行代理店のおばさんの様子で、何か変だと分かったんですよ」と繰り返す。そういえば、鞄に入れられたものが何だったか結局知らないままだ、と思う。何か気持ち悪いもの、悪いものだとばかり思っていたが、そうとは限らないかもしれない、と思う。国道沿いの歩道を東へ歩きながら、私は左側の男性に、「でも、鞄に何かを入れられるのは馴れてるんです」と話す。「学生のときも、ゴミやエロ画像を入れられたことがあったので」。(※注:実際に大学生のときに連日自転車の前かごにエロ画像のプリントアウトの紙束が投げ込まれていたことがあった、当時はプリントミスしたものを棄てて行ったのだろうと思っていたが、最近になって、あれは私の自転車であると知って誰かが入れていたのでないかと考えるようになった)
国道沿いを歩いているといつの間にか地下街のようになっており、壁に面したオープン型のネットカフェのようになっている電源席に、法被の男が座って何か作業している後ろ姿が見える。男は首に、タワーレコードの黄色いタオルを巻いている。私は「音楽が好きなんだ」と思う。鞄に入れられたのは悪いものだとばかり思っていたが、タワレコの割引券だったかもしれない、と思う。それだったら私は、騒ぎ立てて男を加害者扱いしたことを後悔するだろうな、と思う。左側の男性に「入れられたものは何だったんでしょうね」と話しながら、その謎が解けるのが楽しみになってくる。旅行会社のおばさんに会うところから一連の出来事は小説のようだから、小説として書こう、それをこの男性にも読んでもらいたい、と思う。再び合宿所の箪笥の上の様子が浮かぶ。郵送先は分からないが、pixivなどにupしてメールで知らせれば読んでもらえるだろう。