餅ドリーミン

夢日記です

ビデオ通話にログインできないまま友人の工場の隣で仕事をしていたらインフルエンサーの子どもたちが来る夢

テレワークで、勉強を教える新しい仕事が来た。生徒はいくつか年上の男性である。細面に眼鏡をかけユーモアのある人物。現在、他にも、やはりいくつか年上の似た生徒をもっており、「今年は似たタイプの人が二人いるな」と思う。いくつか年上なので四、五十代のはずだが、バンカラ大学生であり、昔ながらの木造下宿に住んでいることがビデオ通話の背景から分かる。

 

今日は二回目の授業である。どこかの二階の小部屋が仕事部屋であり、時間になったのでパソコンを立ち上げビデオ通話を始めようとする。パソコンの横に、紫の表紙の用語集のようなものが積んである。授業で使うものだと思う。準備をしなくてはと思いながらその用語集をめくっていると、時間が来たことは分かっているのになぜかログインすることを忘れ、ログインが遅れてしまう。

画面を見ると、もう生徒はログインしており、小窓の画面にその顔が映っている。私とつながらないことが、通信の不具合だと思ったらしく、彼はいろんな面白い顔をしてみせて不具合を解消しようとしている。私は急いでログインし彼に挨拶しようとしたが、私が入ったのに気づかなかったのか彼はログアウトしてしまった。

しまったと思い、仲介事務所を通して何度か再コンタクトを試みるが、連絡がつかず彼は再ログインしない。なかなかつながらないことにキレたのかもしれない。せっかく新しい仕事が来たのに、と思いしばらくパソコンの前でログインを伝える工夫をする。だが、ログインを伝えなければ、と思っているのに、ビデオ通話アプリのログイン画面に次々と海外の子どもたちの動画へのリンクが表示され、子どもたちの姿に惹かれてそれをクリックしてしまいやるべきことをまた忘れてしまう。

 

どこかの二階で仕事をしていたはずだが、友人の実家のあるロージの奥の家で仕事をしている。きれいなカーテンと赤いソファがあり、古い家のようだが洒落た別荘のようだ。外で何か物音がして駆けだすと、近所の男の子が一人走っているだけだった。男の子は、駆け出てきてすぐ戻った私を見て驚いた様子をする。男の子が着ている服が、アサギマダラの羽の色のようだった(私の着ているスカートの色だったかもしれない)。

 

仕事部屋の隣は友人の家の工場である。かつてはお父さんがここで仕事をしていたが、今は高齢でもう仕事はしていない(※実在の友人・先日お父さんの話を聞いた)。友人が帰ってきてるといいなと思って工場を見ると、ちょうど何かの作業をしている友人の背中が見えた。赤地に黒っぽい柄の入ったニットのチュニックを着ている。実家の整理か何かで帰っているのだろう。私は出ていって後ろから声をかける。隣に友人がいるなら、ずっとここで仕事をしてしょっちゅう友人と喋れたら愉しいな、と思う。部屋には暖炉もあって豪華で落ち着き、裕福な老夫婦が隠棲する家のようで、ここにならずっといてもいいな、と思う。

 

暖炉の横で仕事をしていると、煉瓦塀の隙間のポンプなどがある狭いスペースに、子どもたちが入り込んで何かしているのが窓から見える。ガキどもが人の家の隙間で何をしているのか、と様子を見に行くと、どうやらそのスペースがネットの何かでバズったらしく、インフルエンサーらしき若者が次々やってきて撮影している。面倒なことになったな、と思うが、「こうして何かがバズるとワーッと人が来てしまうんだな」「そしてまたすぐいなくなるんだな」「今の子たちはバズったところに一挙に行かないといけなくて大変だな」などとも思う。

一通り騒ぐと若者たちはパラパラと去っていった。修学旅行らしき小学生の一団もロージからぞろぞろと出てゆく。子どもの中にもインフルエンサーがいるので、修学旅行の間にバズスポットを見にきたらしい。修学旅行の間でもバズを狙わないといけないとは今の子どもは大変だな、と思う。小学生はだいたい背の順に並んでおり、前のほうは黄色い帽子をかぶった普通っぽい子たちだが、後ろの背の高い子たちは大人びておりこの子らがインフルエンサーのようだ。いかにも「一軍女子」といったふうな女の子三人組がゆるゆると歩いてゆく。ひとりは茶色い髪をゆるく巻いて、薄グリーンのサンドレスを着ている。だがサンドレスはユニクロの伸びやすい生地のもので、「今のインフルエンサーは着る物はユニクロでもいいのだな」と思う。着る人がスタイリッシュであればいいのだろう。(※サンドレスの生地の模様は私がユニクロで買ったパンツと同じだった。最近ユニクロの下着が伸びやすいことを気にしていた)

 

引き続き、パソコンに向かい、ビデオ通話にログインしようとしている。せっかく新しい仕事なのだからなんとか継続せねば、と焦っている。そこはボロい木造で、昔の実家の二階の勉強部屋である。(※「勉強部屋」と呼んでいたが子どもたちの学習デスクが置かれていたからそう呼ばれていただけで、TVの音が喧しい・ひどく散らかっているなどの理由で、そこで勉強したことはほぼ無かった。)相変わらず喧しく落ち着かないし、机の上だけでなく床にもいろんなものが散らかっている。授業で使う本を準備しなくてはと思っている。紫の表紙の用語集と似た本が床に転がっているが、精力剤のパッケージのような表紙になっており、それは何かの宗教の聖典である。

 

 

※「子どもたち」の姿がたくさん出てくる夢だった。特に最近現実で子どもと触れ合ってはいない。

一号線で交通事故を起こしそうになる夢

女の人たちと白いビルのような建物にいて、服だか本だかの大量の包みを、持って帰るとか帰らないとか言っている。日本海側の遠い街に来ており、峠を越えた後、京都に帰る帰らないと相談している。トイレを探す。水着を着るか着ないかというような話?


父の運転する車で一号線を走っている。私は助手席に乗り、後部座席に母と妹(1)が乗っている。車が後退するときに、車道の端っこに地元の友人が二人おり、私は手を振る。車の中なので気付かないだろうと思ったが、友人は気付いて手を振り返す。

最初は普通に走っていたが、父は不安げな様子になり、途中で車道のコースを逸れ始める。車道と歩道の境の柵が立てられていないところから、車の後部がほよほよと歩道に迷い込んでいき、私は「およよよ」と思う。早くブレーキを、と思ったがなかなかブレーキがかからず、車の後部が陶器屋か民藝店のショーケースにぶつかる寸前(あるいは軽くぶつかった状態)で車は停止する。ホッとする。幸い歩道に人はいなかった。(私は助手席にいたはずだが後部座席の窓からショーケースと車の接する間を見ているようである)

そこからなんとか態勢を立て直さねばならない。私は「大丈夫、ゆっくり、ゆっくり」と声をかける。幅の広い歩道なので、しばらく歩道を走ってから車道に出ることになる。こんなの本当はいけないのだと思うがしょうがない。無事成功して、私たちは反対側の車線を走っている。横断歩道を超えたところで、「私が運転代わろうか?」と言ってみる。私の運転も危ないが、指示があればできると思うし、今の父の状態なら私がやったほうがいいかもしれない。しかし、妹がすごく厭そうな顔をしたのでやめる。親も、「ここから○○駐車場まで行くならいったん○○通りに出てそこから回らんとあかん、できひんやろ?」と言う。そのコースと緑の茂った○○通りを思い浮かべて、たしかにそうだなと思う。(※○○駐車場はかつて実際に借りていた駐車場であり今は借りていない。○○通りは実際には緑が茂ってはいない。)

妹(妹1だったはずが妹2になっている)が「運転は練習せんと上手くならへんで」と言う。私は「せやけどそもそも練習する場所がないやん」と言う。妹は「水泳と一緒やん、泳がんと上手くならへん」と言う。私はそれを遮って「だからそもそも練習するのが」と言う。

言っている間に、もともと水着を着るか着ないかという話だったことを思い出し、ホッとする。

 

※最近、高齢の父にもうあまり運転をしてほしくないが、妹の足が悪くなり作業所や病院への送迎のために運転せざるをえないことを心配しており、そのことを相談する先がどこにもないことが悩みのひとつである。

※私は昨年に免許を取得したが、それ以降二回しか練習できておらずほぼ運転はできない。

 

 

死にゆく妹に化粧を施す夢(永訣の朝)

どこか知らない夜の街を、親族と旅行しているようであり、バタバタとしている。コテージのようなところでボストンバックに荷物を詰めている。プールの着替えや生理用品などを探すのに慌てている。旅の用意のようだが、法事の用意のようでもある。足を消毒する浅いプールがあるようである。

 

東山の麓(だが夢の中では「旅先」として認識されている)のドミトリーのようなところに泊まることになる。やはり旅行のようでも法事のようでもある。病んでいる妹がもうじき死んでしまうことが分かっている。だが、親らしき人々は、バタバタと忙しそうであり何か殺気立っている。妹のことを知らないようでもあり、知っていていつもと同じにふるまっているようでもある。(母らしき人はトロピカルな柄の妊婦服のような服を着ており、昔の叔母と重なっている。)

 

妹はこたつのようなものの中に横たわっている。私は妹に化粧を施してやる。妹に化粧をしながら、自分も化粧をしようと思い、その横に添い寝をする。

妹には普通の綺麗な化粧をしたが、自分は変なものを塗ろうと思い、大きなラメのアイカラーを使う。大判の金色のラメの中に、白と緑のレゴの破片のようなものが混じっている。それを瞼に塗る。

妹には、顔全体に自然な色の薄化粧をした後で、淡いピンクのパウダーを瞼か頬に載せてやりたいと思う。妹は少女らしい色が好きである。ピンクのパウダーを探すが無い。無くてもよいといえばよいのだが、私はピンクのパウダーにこだわっている。

ポーチの中を見ると、いろんな色のパレットが出てくる。派手な色がそれぞれ胞子のように固まっており、少しイメージが違うが、その中の濃いピンクを流用すれば使えるのでないかと思う。ピンクの部分を溶かして使おうとする。だが、古いパレットだったらしく、使っているうちに腐り始めて水分が出てくる。バレないうちに使ってしまおうと思うが、パレットの中が蛍光イエローの水でグジュグジュになる。「これはもうダメだ」と思い、棄ててしまおうと思う。

パウダーを探している間に、瞼に載せたラメとレゴの破片がポロポロと落ちてくる。もともと配合されているジェルだけでくっつけようとしたからだ、と思う。ちゃんとメイクをする人は、糊などで接着するのだろう。

 

※夢の中では気づかなかったが、ドミトリーのある場所は阿弥陀ヶ峯あたりで、火葬場(京都中央斎場)の近くである。

 

 

東アジアの女子たちが東山区のいちばん東で集う夢/叔母と密会の夢/近所の良い寺と商店街の夢

1.

あね(※実際のあねではなく友人)が京都に来るという。友達である中国人の女の子、韓国人の女の子も京都に来ているというので、皆に京都を案内することとなるが、私は昼まで仕事であり、仕事が終わってから合流することとする。

京都の西の方?で仕事があり、終わってから電話をかける。楽しそうな様子が伝わってくる。あねは最近韓国語を勉強しているので、いろんな国の友達ができたんだなあと思う。砂埃の立つグラウンドを通る(昔の岡崎グラウンドのようである)。あねたちは岡崎の奥のほうを散策しているという。「だいぶ東に歩かないといけないな」と思い、疎水沿いのあたりを東へとたくさん歩く。

やっと合流すると、三人は、岡崎の山の中(※実際は南禅寺などがあるところだが夢の中で木曽の宿場町のように山の中の街道沿いに観光用の小さな店が並んでいる)で遊んでいる途中だった。緑あふれるいい感じのロージを奥へ上ったところに木の引き戸のある和風の飲食店で、ごはんを食べるところか食べたところのようだった。囲炉裏に吊るされた大きな鍋で豆のようなものを煮ている図が浮かぶ(※子どもの頃に近所の家が「ぶぶあられ」を煮ていた鍋に似ている)。割烹着を見た店のおかみさんが感じよく挨拶している。私も一緒に食事をしたいと思う。そこは山道の突き当りになっており、東山区のいちばん端で、私は「ここは東山区のいちばん東じゃないですか~!!」と言う。しかし、突き当りかと思いきや、さらに東に道が続いており、その道は明るい黄緑色に光っている。私は「こっちに行くと山科に続いているんですよ!」という。

 

(山科へ行く道を東に行ったようでもあるが、南へ続くフェンス沿いの細い道を下っていったようでもあり、両者の道が世界線の分岐のようになっていて、フェンス沿いの道が2の夢につづいている)

 

2.

立派だが少し寂れたようなバブル期のリゾートホテルの前にいる。ホテルに入るにはエントランスの長い庭を経由せねばならず面倒である。(※1の夢の長い通路を通る和風の店と構造が重なっているようでもある)

そこで私は叔母(※母方叔母で六年前に亡くなった・やや変わり者)と密会することになっている。われわれは内緒で付き合っているのだが、この道ならぬ関係は親戚内では公然の秘密になっており、ひと月に一回ホテルで逢瀬をもつことを、親戚たちもそれとなくサポートしている。

私は着替えやタオルをバッグに詰めて宿泊の準備をしている。ホテルにはプールもあるので水着も入れなくてはならないが、生理だったら泳げない、などと考える。お金もかかるのでひと月に一回のこの習慣を辞めたいが、どう言い出したらいいだろうか。

 

(ここでいったん目を覚まし、以上の夢の概要をメモした後、家人と「朝サイゼは関東圏でしかやっていない、関西圏でもやればいいのに」という話をして二度寝する。)

 

3.

友人か親戚が遊びにくるというので、昼飯を食べに連れるところを考えている。このあたりには何もないが、二駅南に行ったところに最近できた「エンデヴァー独島」(※こんな感じのネーミングだったと思うがちゃんと覚えていない)に行ってはどうか、と考える。これまで何もなかったところに鳴り物入りでできた複合施設であり、その中に飲食店もたくさん入っていたはずだ。エンデヴァー独島(仮)は繁華街に接続してもいる。(以前夢に出てきた名古屋のショッピングモール(非実在)によく似ているが、以前夢に出てきたというのも夢かもしれない)

 

友人か親戚を迎えるはずだったがペグレス(仮)と昼食を探しにいくことになっており、車の助手席に座っている。車は北へ向かい住宅街の細い通路を走る。(通路の入口だけ少し岡崎に似ている。)

「どこに行くつもりやったん」とペグレス(仮)が尋ね、「エンデヴァー独島(仮)がいいかなって思ってたの」と答える。

昔ながらの商店が点在する細い道を北へ走る。こんなところが近所にあったんや、と思う。営業しているのかしていないのか、木造の小さな単館映画館もある。「大阪はあちこちに小さな商店街があってすごい、こんなええ感じのところが近所にあったなんて」と言う。

ふと、右の窓(※私は助手席にいるはずだが右の窓ぎわにいるようでもある)から、お寺の看板に、平たい恐竜のようなユーモラスなゆるキャラが描かれているのが目に入り、ペグレス(仮)に「今の見た!?」と訊く。運転中だから見えなかったというので、商店街を出たところでいったん車を止めてもらい、「2、3分で戻るから」「写真に撮ってみせてあげる」と寺のところまで戻る。

寺の掲示板とその隣の商店の硝子戸にそのキャラが描かれていたのを改めて確認し、カメラを取り出そうとするが、反対側の隣の店のおじさんが開店準備をしながらこちらを見ており、向かいの町工場も稼働し始める時間で忙しそうにしているので、なんとなく写真を撮るのがためらわれ、商店街を一周して戻ってくることとする。

南に向くとそれまでなかった古びたアーケードがかかっており、「さっきこんなアーケードあったっけ?」と思う。しかしこれによってより商店街らしくなった。商店街を南端まで行き、一筋東の通りに回って北上すると、寺の駐車場を通ることになる。寺の駐車場からもう一筋東の通りの間は、砂地の階段でつながっている。そちらの通りにも牛乳屋などがあり歩いたら面白そうで心惹かれるが、ペグレス(仮)が待っているのであまりうろつきまわるわけにもいかない、と元の道に戻ることにする。寺の駐車場を横切ると、仏教的な文様をあしらった何かではあるがどうもキッチュな感じのする何らかのオブジェがあちこちに埋め込まれている。片隅に、箒で掃除をしている僧がいるが、細く筋肉質な若い男性で、赤と金の袈裟と豹柄のターザンのような袈裟を腰まで下ろした状態で纏い、半裸になっている。「ここは珍寺だ!」と思い、私はわくわくしてくる。ペグレス(仮)に「珍寺だ」というLINEを送る。

さっきの道に戻り掲示板の例のゆるキャラの絵を写真に撮っていると、向かい(映画館のようである)にも別の僧がおり、さっきの僧と同じ体型・服装であるが、アフロヘア―のような歌舞伎のような独特の髪型をしており、カメラをぶら下げた観光客の中年男性に「好きでそういう格好をしているの?」「仏教的な意味があるの?」などと訊かれている。「(やっぱり気になる人は他にもいるんだ、私以外にも観光客がいるんだ)」と思う。問われた僧は禅問答の答えのようなことを、飄々とした様子だがちょっとイキった口調で応えており、私の苦手なタイプの男性だ、と思う。

そこへペグレス(仮)がやってきて、「二、三分だけって言ったのに十五、六分も戻ってこーへんから迎えにきた」と言うので、私は謝り、「でも珍寺やねん!」と昂奮して伝える。連れ立って車のほうへ向かう途中に、天ぷら(練り物のほう)を売る店が続いている。ここらへんの名物なんだな、と思う。眺めながら通りすぎるだけだったが、三軒目ですみっコぐらしのクマが緑のポシェットをもっている様子をかたどった天ぷらが売られており、あまりに可愛いので立ち止まって見ていると、「中も見て行ってね」と店のおばちゃんに声をかけられてしまい、店の中に入る。

店の中は昔ながらの商店で、角打ちのような酒が飲めるスペースもある。天ぷらが並んでおり、すみっコぐらしは350円くらい、他にいろいろな味のものがある。最初は買う気がなかったけれど、二つ三つ買って今日の晩御飯にしてはどうかと思う。やや高いけれどけっこうお腹はふくれそうだし、全部はんぶんこしたらそれほどの値段でもない。

 

(ここで目が覚め、夢のディティールが作り込まれていたことに驚く。寺、店、アーケード、掲示板、東隣の道とそこへの通路、人物、など、すべて本当に存在するかのようだった。「これを作る材料が全部脳の中にあるということ? 脳って何ギガ入るんやろ?」と言い、また寝る。三度寝の夢は失念)

弔いのお花の壺の水を変えようとしてやっぱり変えない夢

親族で法事をするようなスペースにいる。

公共の施設のような、どこかの料亭の一室のような、以前新潟の海際で行った商業施設の一角のような、さっぱりとした板張りの広い部屋。食事会の準備(または後片付け?)がされているようである。

隅に、細い壺があり、亡くなった人を弔うためであろうお花が活けてある。私が活けたようでもある。長い茎に、紫とピンクのほわほわとした穂がついているのが本来の姿だが、だいぶ古くなって穂の部分は平たく硬くなっている(押し花のようになっている)。棄てるときにお花の部分を切り取って、栞か何かにしよう、と考える。そろそろ壺の水を変えるときだと思い、茎を壺から抜く。茎の下のほうは少しだけ根がついて、どろりとした感じになっており、水も濁ってしまっている。しかし、もうすぐ何か(四十九日のような節目の法要?)があり、その際にどうせ新しい花を活けるであろうから、それまでこのままにしておこう、と思い、花をもとに戻す。

六波羅のあたりから大通りへ出る細い道を歩いているようである。大通りの手前で勉強会のことを考えている。(勉強会の場面であるがその裏側で六波羅のあたりを歩く映像が同時進行している)

「人文系の学問がいかに実証的に行われているか」というテーマで講師役の人たちがホワイトボードにいろいろ書きながら話しており、私も何か話さないといけないのかもしれないが、私は皆のようにすらすらと話せる専門分野がない。ふと、文学の話をしようと思い、「文学の研究はとにかく古い文献を読むことをします」と話す。古今集の「ほととぎす鳴くや皐月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな」を例に出してボードに書き、「『あやめ草』というのは花を咲かせるあやめでなくサトイモ科の多年草なんです」と話す。アヤメの地下茎が泥の中で絡まり合っていくような映像が浮ぶ。

同時に和歌が外国語に翻訳されうるという話をしているようでもあり、ハングルの、円を二つ縦に重ねたような文字を書いている。「形でも意味を表現している」というような話をしているが半信半疑である(私が話しているのか人が話しているのを聞いているのか分からない)。

火を消す夢

1.

大阪の職場(どこだか分からないが「終点」にある)に行かねばならないが、さまざまなトラブルでたどり着けない。

京阪電車のような地下を走る電車で京都方面から大阪へ向かっている。しかしあるときは、乗換を間違えてしまう。またあるときは、途中で他の車両が炎上しており足止めを食う。炎上している車両は被害は大きくなかったことがあとで分かった。

やっと職場に着くが、職場の近くでロックフェスをやっており、人がいっぱいで通りを歩けない。私は地下街でペグレス(仮)と買い物をしながら、フェスが終わるのを待っているようだ。地下街はなんばウォークに似ているが、どこかの空港のようでもある。フェスにはスピッツが出ているらしく、「猫になりたい」が地下街まで聞こえてくる。「猫になりたい、言葉ははかない、消えないように傷つけてあげるよ」。

mちゃんが家に遊びに来ることになり、洗面所でその準備をしている。足がざらざらとし、床が汚れているのが分かる。床を雑巾がけせねば、と思っている。

 

2.

廃電車のようなところで何かイベントをやっている。亡くなった友達はじめ友人何人かで楽しく遊んでいる。友達と私は交互にぴよんぴよん飛び跳ねる。友人夫妻がそれを見ている。とても楽しい。

妹の付き添いで出かけている。伯母が一緒にいるようである。

花屋で花を買わねばならず、妹と一緒に行く。何かきれいなものを見ている。

どこかのお店に行く。お店はダムのような形をした底にあり、ダムの壁面にいくつか金属でできた穴が設置されている(前日初めてセルフのガソリンスタンドで給油した、その際の車の給油口に似ている)。穴のひとつから発火しているのを妹が見つける。私は慌てて店の人に知らせようとするが、店は自動ドアが閉まっており、焦る。

しかしその発火は仕様であり、ひとりでに火は消えることが分かって安堵する。

 

※ どちらの夢にも「燃える車両」「発火する穴」が出てきて、「燃えたが被害はなかった」「火を消すことができた」という夢になっている。この夢を見る少し前、身近で火災の被害があり、大変辛かった。夢の中で私はなんとか被害を止めて失われたものを再建しようとしている。

いろんな色のキラキラの石の夢/新発田まで歩く夢/進化の夢/訃報を聞く夢

今月某日、親しい友達が亡くなっていたという知らせを聞いた。突然のことで、今もショックが続いている。それから見たいくつかの夢を記録しておく。

 

・翌朝の夢

何か昔の夢。

 

・2日後の夢

親戚の集まり。母方の親戚か父方の親戚かよく分からない(半分くらいは実在しない人たち)。実家の二階に集まっている。実家は昔の姿である。

結婚したいとこと、その婚家の気の合わない両親がいる(非実在?)。

いとこの子どもたちだろうか、小さな子たちが四角いスペース(囲炉裏のような形のスペース)を囲んで遊んでいる。うち四人は何らかの障害のある子たちのようだ。ひとりはダウン症の男の子でにこにことしている。ひとりは知的障害はないようだがこだわりがあるらしい女の子で、大人びた口調で他の子たちに何か檄を飛ばし続けている。濃いピンクのスカートを穿いた女の子が、もってきたいろんな色の石を広げて見せる。石はカラフルで宝石のようにキラキラとしている。祭の屋台の景品のようでもある。私は綺麗だと思う。

出かけるのにどの服を着ていくか迷う。焦げ茶のシャツを出してくる。古着屋で買い、生地が伸びて薄くなっているが、可愛いフリルがついている。

地下街を歩いているとビルの地下で何かイベントをやっている。オモコロのような何らかのウェブメディアが主催のようだ。作業着かガードマンの制服のような青い服を着た男たちが、上半身裸になり、コミカルな様子で仁王立ちになる。うち一人は脱ぎ芸をするようなタイプではないのに、イベントのために体を張っているのだなと思う。鴨川納涼床のようなところで三人の男たちとの飲み会が始まる。

(夢の中でうっすら「友達に教えてあげたい」と思っていた。)

 

・6日後の夢

北陸まで歩き、新発田と言う駅に着いた。ただし実際の新発田ではなく、地図上では綾部くらいの位置にあり、かつ大阪から徒歩5時間くらいで着いた。いくつかの駅を通りすぎるうちにここまで来てしまったのだった。

駅前にはファッションビルがあり、小さな観光地という感じで、観光客を当て込んだ路地風の造りの食堂街がある。ラーメンや丼の簡単なバルのような店が並んでいる。それらを見て歩く。駅の一階には古くからありそうな書店が入っている。その前に、ホラーモチーフのガチャガチャが並んでいる。長机のような台の上で、ブルーハーツの昔のツアーパンフとTシャツを売っている。遅れて新発田に着いたペグレス(仮)と「これは貴重、これはうちにもある」などと話す。

※前日に、亡くなった友人の地元の地図を見ていたら、「新発田」という地名が目に入った。(たまたま目に入っただけで友人は新発田の出身・在住ではなかった)

 

・11日後の夢

お寺のお堂の中で、何かのセミナーみたいなものがあるらしく、列に並んでいる。並んでいる間に、自分が原核生物から進化してゆく過程のすべてを見る。シロクマが接近してくる。食べられるのでは、シロクマは肉食だろうか、と考える。しかし哺乳類に進化した後、私(人間)とシロクマは分岐し、遠ざかっていったのでよかった。なぜか何度も「鰭脚類」という言葉が浮かぶ。

列が進んで本堂の前のほうに進む。前のほう(本来なら本尊がおわすところ)には、動物園のような檻があり、猿が玩具で遊んでいた。今流行っている可愛い玩具である。大柄なおっちゃんがそれを見て機嫌良さそうに野次を飛ばしていた。

 

・12日後の夢

実家付近にいる。M町のあたりで、父の運転する車に乗っている。車はやたら小さく、おもちゃのようにカラフルである。沿道に若い男たちがいて、何かその男らにナメられている感じがある。

曲がり角の手前で、おっさんがチワワのような白い犬を連れている。犬は私のふくらはぎを舐める(※さっきの場面では車に乗っていたがこの場面では歩いている?) 私が歩くのにつれて犬の舌がずっとズズズ…とくっついてくる。べつに不快ではないが、こうしたとき普通飼い主は謝ると思うが、おっさんは謝らない。

車は坂を降りてゆく。父の運転は危なっかしく、何度も子どもを轢きそうになる。(※実際の父は運転はしっかりしている・ただ高齢であるので心配している・買い物や障害のある家族の送迎のためなかなか運転をやめることができない)

車は家の前に着く。戸を開けて降りようとしたところで、後ろからさっきバカにしてきた若い男たちがやってくるので、降りたくない。男たちが「本性(la nature)やって」と言っているのが聞こえた。母が車の戸を開ける。失礼なやつだと思っていた男たちに、礼儀正しく謝られる。

 

われわれはひっこしの作業をしているようである。荷物の積み下ろしをしなくてはならない。しかし、戸を開けたものの、降りたところのスペースが狭く荷物を充分に下ろせない。

16時か17時、変な時間に晩御飯を食べることになる。19時まで空いている。夫(?)と実家の二階で話しており、安否不明の友達の消息について、「もう(友達の)ご実家に訊きにいこうか」と相談している。友達の実家は父親が気難しいというような話を聴いた。「ご飯を食べてから訊きにいく」ということになる。

(※この友達は、亡くなった友達のようでもあり、高校か小学校の同級生のようでもある。家は、小学校の同級生だったKさん宅のあたりにあることになっている。実際には亡くなった友達の実家に行ったことも御家族に会ったこともない)

私たちは縁側で話しており、なぜか材木屋のイメージが浮かぶ。昔の母実家の縁側のようでもある。私は、細切れになった白いパイプがたくさん詰まった大きなゴミ袋を引きずっている。予防線を張るように、「(友達は)もういないって半分くらい、いや、もっと思ってるよ」と夫に言う。

ご飯を食べてから友達の実家に行くと言っていたのに、もうすぐに行くことになっており、友達に借りていた本を探している。着ていく服を選んでいる。彼女の安否は分からないはずだが、どこかで分かっているようでもあり、私は黒い服を選ぶ。しかし「かわいい服が彼女は好きだから」と思い直し、薄緑に薄ピンクのリボンがついたaxesのブラウス(※実際は持っていない)を黒い服の下に着る。

 

友達の実家へゆくと、友達のお母さんが出てくる。お母さんは背の低い私よりも小柄で、148cmくらい。愛想のよい微笑みを浮かべており、でも少し悲しげで、喪服のような黒い服を着ている。お母さんが歩きだしたので、並んで歩きながら喋る。私は持ってきた水色の本を返す。一緒に栞のようなものを渡す。それは手紙のようでもある。お母さんに、かつて私が貸した本を返される。岩波文庫の緑でラップでくるまれている。梶井基次郎『冬の日・蝿』のようだが、私は「あ、××さんの本」と言う。(××さんは物書きになった知人の名)

二階の渡り廊下のようなところを歩き、紀伊国屋書店の店内に入る。私の家の方向に歩いており、家に着いたところで改まって話をするつもりだったが、本を返されてしまったので、もう訊かないのも不自然になってしまい、夫が「あの、○○ちゃんは」と尋ね、「○○さん」と言い換える。これまで「○○ちゃん」という呼び方などしたことなかったのに、とどうでもいいことを考える。

お母さんは悲しげな微笑みを浮かべたまま「○○ちゃんはもういないの」と言う。夫は「そうですか」と答える。(※数年前に亡くなった若い知人の記憶がオーバーラップする) 私は、半ば分かっていたことではあったが頭が真っ白になり、膝の力が抜けて涙が流れ、白い石のような物体になってその場に倒れ込んでしまう。だが、それがどこか芝居がかっているとも感じている。

 

※目が覚めると3時56分だった。友達の訃報を聞いてから初めての中途覚醒だった(普段は中途覚醒が多いのに、その日からはなぜか中途覚醒せず朝まで眠れていた)。また、友達の死に直接関係する夢を見たのも初めてだった。ずっと実感がなくきちんと泣くこともできていなかったが、目が覚めて初めてちゃんと泣いた。フロイトの書いた糸巻き遊びや兵士の強迫反復の夢のことがぼんやり思い出され、「人間は古来から夢を見たりしてつらいことを乗り越えようとしてきたのだなあ」と考えると少し心慰められる感じがした。